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おんびら物語-(蕎麦打ちの心を語る)

一言メッセージ :「そば処おんびら飯田店」HPにないうんちくと社長のアツい想いなどを紹介していきます。ブログは成長していきます。

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つれづれに

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「やまない雨はない」・・・倉嶋厚さんの本を読んで

倉嶋厚さんといえばしばらく前までNHKのお気象キャスターとして活躍されていた方で知らない人は無いくらいであろうと思われる。でもこの人が奥さんをなくされたあとひどいうつ病になっていたことを知る人はそう多くはないかもしれない。そういう私もその一人だった。

倉嶋さんは長野市に生まれ気象庁勤務を経てNHKに。理学博士でもある。

この本の副題は「妻の死、うつ病それから・・・」となっています。次の一節を読んでいただくと病気の深刻さがわかります。

「妻を送った後、深い悲しみの底に沈んだ私をまず襲ったのは、「後を追いたい」という衝動でした。次にやってきたのは「後悔の波」の連続でした。「あのとき、べつの方法をとっていれば」「もっとこうしてあげればよかった」と後悔の種は尽きることなく、延々と自分を責め立てます。出口のないトンネルの中で私は自分自身を見失い、生きる意欲も、生きている実感もなくしかけていました。
・・・
遺書を書いたのはそのころです。
どうしたら死ねるかということばかりが頭を占めていました。幾度となく自宅マンションの屋上へと通いましたが、最後の一歩が踏み出せません。ある日、とうとう柵を超え、屋上の縁に立ちました。これですべては終わるーーー。そう思った瞬間、ついに私は跳んだのです。」




このあとはこうつづきます

「身体は真上に飛び上がり、気づいたらもとの場所に着地していました。

不安、悲しみ。後悔、罪悪感ーーー。
愛するものを失った人の心の中で起こる数々の反応は、たとば「喪失体験」という概念でひとくくりにすることができるかもしれません。

・・・しかし、それに直面した人の苦しみは計り知れず、その内容もさまざまです。

・・・自殺の恐れのあるうつ病患者となった私は、抱えていた仕事をすべて放棄して精神神経科に入院し ました。
・・・そんな私が、こんなふうに当時の思い出を巡ることができるようになったのですからやっぱり季節 はめぐっていたのでしょう。」

ーーーーーーーーーー

1992年、68歳の時に喉頭ガンをわずらったときについてこう書いています。
「人間は、生まれときも一人、死ぬ時も一人。・・・喉頭ガンを患ったことがきっかけで、いつか迎えなければならない死別の時を私は強く意識し始めました。
・・・私がガンを病んだことで、二人でいる時間を慈しむ気持ちは一層強まったように思います。
「今日も一日よろしくおねがいします」「今日も一日ありがとうございました」と、互いへの感謝の言葉で朝晩の挨拶を交わすようになったのは、その頃からです。
・・・ガン体験を経て、私は自分の最後をどんなふうに締めくくりたいのか、以前よりも具体的に考えるようになっていました。
・・・「人生の冬」を迎えるためのもうひとつの準備として、子どものいない私たちは、「孤老の身」への備えもはじめました。・・・この機会に妻から家事の特訓を受けることにして、


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