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多角的に「ストレス」を科学する

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「何も選ばない」生き方のすすめ

ストレス対処への新たな視点、宗教人類学--植島啓司氏(前編)

米国に端を発した金融危機、日々口にするような食べ物の汚染発覚など、いまや「不安」が常態となっている。

不安な時代が叫ばれるほど、その裏返しに「こうすれば確実に成功を得られますよ」といった、生き方やノウハウの話がもてはやされる。思えば、家庭や学校で教えられた「自分の頭で考え、決断できる人になりましょう」といったこともノウハウの1つでしかなかった。

ある程度の年齢を重ねれば、そんな法則が当てはまらない多くの例外を目にするが、むしろ例外の方が主流なのではと思えてくる。

世の中、思いどおりに行くことのほうが珍しい。努力して成功したが、健康を害した。財産を失ったが、愛する人と巡り会えた……。手に入れるとは失うことであり、その逆も真だと思えることが多い。すべてが偶然ならば、自分の意志で成し遂げられることは、そう多くはないのではないか。

そもそも人は、いつ死ぬかは分からない。だが、“老い”や“病”を得て“死ぬ”という不確実でありながら明瞭なルールに支配されている。その中でさいころを振りながらも、何かを選択して生きてきたのが人間である。

そして、古来より、こうした生に伴うストレスを扱ってきたのは宗教だった。

宗教人類学者の植島啓司さんはここ40年間、1年のうち200日を旅し、世界中の聖地とカジノを巡ってきた。1回限りの奇蹟の起きた場所である「聖地」。偶然か必然かという根源的な問いかけが芽生える「賭け」。この、奇蹟という1回限りの必然の出来事と、賭けにおける運やツキといった偶然は、不確実でストレスを生き抜く上で大いに参考になる対象ではないか。

“一寸先は闇”の生をやり過ごす心構えとは何か、植島さんに聞いた。

--植島先生は年間200日くらい海外を旅しているそうですが、観光地を巡る“ツーリスト”とあてもなく放浪する“トラベラー”では、見える風景は違うと思います。2つの違いを意識することはありますか?

植島:観光だと「どこに行って何を見て、いつまでに帰ってくる」という行程が決まっています。翻って旅は決まった場所に行くのではなく、人と会うこと自体が目的であり、すべてが偶然の出会いに委ねられています。それが観光との違いですね。

[植島啓司(うえしま・けいじ) 宗教人類学者。東京大学卒。東京大学大学院

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